王朝女流日記文学の代表作品『蜻蛉日記』の下巻、養女を迎える記事以降を取り上げ、 下巻が、物語的性格を帯びてきながら、しかし物語ではない固有な様相を、『蜻蛉日記』 の到達と終焉を軸に考えていきます。

講師：渡邊　久壽

山梨英和大学名誉教授。 平安時代の、主に『土佐日記』、 『蜻蛉日記』、『和泉式部日記』、 『紫式部日記』 、『更級日記』 などの日記文学を中心に、当代 の物語文学、随筆文学を研究。

内容：

『蜻蛉日記』の上巻は、私家集的性格が濃厚で、道綱母が兼家と交わした贈答歌 を、結婚後15、6年以降、意に満たぬ生活として整理し始めたとき、理不尽さを 秘めたかつての体験が看過し難い経験として新たに意味づけられ、結婚生活がい かにはかなくむなしいものであったかを認識させるものとして、創造されてきま した。続く中巻は最も日記文学的性格が強く表れ、苦悩の認識が強まるにつれ、 懊悩の根源がいっそう厳しく追及され、それゆえさらに苦悩と直面しますが、や がて自己克服へのまなざしが獲得され、人間理解・人生観照が深まります。下巻 は、その位境のもと、周囲に目を向け、身辺に起きる出来事を物語的に記すよう になります。養女迎え、道綱の交際、広幡中川への転居（床離れ）、養女への求 婚など、雑記風に綴りながら、あれほど苦悩に満ちた人生が、静かに眺められる ようになった下巻の意義を、一緒に考えていきます。