『蜻蛉日記』上巻は、道綱母が兼家と交わした贈答歌を、結婚後15、6年以降に整理し始めたとき、意に満たぬ理不尽さに満ちた結婚生活が看過しがたい経験として新たに意味づけられ、その悲痛な悩みやものはかなさが、当代の結婚のはらむ本質的問題を認識させるべく創造されてきました。続く中巻は最も日記文学的性格が強く、懊悩が深刻化するにつけその根源がいっそう厳
しく追及され、さらなる苦痛に直面するものの、やがてその経験を糧に自己克服へのまなざしが獲得され、人間理解・人生観照が深まります。下巻は、その境地から周囲に目を向け、身辺の出来事を即自的ではなく物語的に記すようになります。今回は、道綱の交際、広幡中川への転居（床離れ）、養女への求婚など、雑記風に綴りながら、あれほど苦悩に満ちた人生を静かに観照できるようになる最終の経緯を辿り、『蜻蛉日記』の意義を考えていきます。